ナマステ再び

ネパール滞在後の日常@主に日本です。

インド旅行2025 – 観光編(デリー)

デリーは、インドの首都。イギリスが植民地化するときにデリーに遷都したらしい。旧市街がオールドデリー、新市街がニューデリー。今回のツアーはここから始まり、アグラ、ジャイプールと回ってデリーに戻ってきた。

ほかの2都市と違って、ここは都会。高層ビルも立ち並ぶ一方で、ごちゃごちゃした小売店が並ぶ街並みも。混沌という言葉がピッタリ。

8.★レッド・フォート

ムガル帝国第5代皇帝が立てたレッドフォート。デリーのシンボルだそうだが、中には入れず、外から写真を撮るのみ。

霞んでいるのは、朝もやかスモッグか。空気が悪いことで知られるインドだが、今回の旅ではそれほど感じなかった。都会のデリーでは、一応マスクしたけど。

9。★フマユーン

ムガル帝国第2代皇帝の墓で、妻がペルシャから技術者を大勢呼んで作らせたもの。

元々は壁でふさがれていたが、入れるように開けたとのこと。

タージマハルの元になったともいわれている。
王の棺もあるが、その周りには、妃や妾の墓も各部屋にずらりと安置されていて、墓ドミと言われているとか。
白いタージマハルも美しいが、赤い砂岩と大理石のコンビネーションも素敵。

10.★クトゥプ・ミナール

塔のことをミナールと呼び、この塔はインドの塔の中では一番高いらしい。この2倍の高さの塔を作ろうと後継者(?)が目論んだが、途中で暗殺されて、終わった残骸が反対にある。

イスラム教の部隊を引き連れて戦った王が、部隊を置いて帰ってしまい、祈る場がなかったのでそこらのヒンドゥ寺院を壊して石を持ってきて立てた礼拝堂が残っている。

イスラム教では動物を拝むことを禁じているので、ヒンドゥ教の寺院の彫刻から顔を削ったとか。

他の建物では、ヒンドゥ教とイスラム教はうまく融合しているように見えたが、やはり相容れないものはあるんだな。

そんなこんなで、たった3日間の観光時間で、720kmを駆け巡り、10個の遺産を観て回ったのだった。

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